2008年06月27日 22:29
とても悲しくて心が痛くてやりきれない事件が起こりました。
それは身内でもなく、かといって全然知らないというわけでもなく、
その悲しさがミョーにリアルで生温かくて、
自分でもどうしていいかわからなくて。
かかえきれないと思って、
ゴスペルのレッスンの日にメンバーさんにシェアしました。
話してる私も聞いてくれたメンバーも泣いていました。
taisukeさんがお祈りをささげてくださいました。
そして、みんなで祈ってくれました。
私の硬くなった心が溶かされていくのがわかりました。
ここのところ、「生と死」のことについて深く考えています。
当事者でない立場の人間は、そっと見守り、祈ることしかできないけど、
ただ、そうして「傍に寄り添う」心を持ち続けていくことが、
何かの支えになればいいな・・・と願わずにはいられません。
それは身内でもなく、かといって全然知らないというわけでもなく、
その悲しさがミョーにリアルで生温かくて、
自分でもどうしていいかわからなくて。
かかえきれないと思って、
ゴスペルのレッスンの日にメンバーさんにシェアしました。
話してる私も聞いてくれたメンバーも泣いていました。
taisukeさんがお祈りをささげてくださいました。
そして、みんなで祈ってくれました。
私の硬くなった心が溶かされていくのがわかりました。
ここのところ、「生と死」のことについて深く考えています。
当事者でない立場の人間は、そっと見守り、祈ることしかできないけど、
ただ、そうして「傍に寄り添う」心を持ち続けていくことが、
何かの支えになればいいな・・・と願わずにはいられません。















コメント
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( 2008年07月01日 17:59 [編集] )
pumehana | URL | -
鍵コメントさんへ
コメントありがとうございます。
「生と死」は「表裏」でもあり「始終」でもあり。
でも、うまく説明はつかないのですが、
やっぱり「同じところ」にあるのではないかな、と。
シェアしてくださってありがとうございました。m(__)m
( 2008年07月01日 21:04 [編集] )
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